日本茶と抽出時間 ― 味わいの変化とコントロール
はじめに
同じ茶葉・同じ温度でも、
抽出時間が少し違うだけで味は大きく変わる――。
それが日本茶の面白さであり、奥深さです。
短すぎれば薄く、長すぎれば渋く苦い。
しかし「適正」にハマると、驚くほど整った一杯になります。
本記事では、抽出時間が成分と味に与える影響を整理し、
狙い通りの味に近づける具体的なコントロール方法を紹介します。
1. 抽出時間で何が変わるのか
抽出時間は、温度・茶葉量・湯量と並ぶ基本要素。
とくに以下の成分の“立ち上がり速度”を左右します。
-
テアニン(旨味・甘味)
→ 低温でも比較的早く出る。初期から優位に立つ。 -
カテキン(渋味・苦味)
→ 温度が高いほど早く、時間とともに増える。中盤以降で存在感。 -
香気成分
→ 立ち上がりが速い揮発性成分と、時間でにじみ出る成分が混在。
初期の“立ち香”と、後半の“戻り香”を区別して感じると理解が深まる。
要するに、序盤は旨味・甘味、後半は渋味・苦味が強まりやすい。
だからこそ「時間操作」で味の重心を動かせます。
2. 茶種別・基本の抽出時間目安
時間は“起点”であり“正解”ではありません。
まず基準を知り、そこから好みに合わせて振るのがコツです。
煎茶(一般)
- 70〜80℃ / 60〜90秒
- 60秒:軽やか。甘渋のバランスは軽め。
- 90秒:コクが出るが、渋みもやや前に出る。
高級煎茶 / 旨味重視のシングルオリジン
- 65〜75℃ / 70〜120秒
- 目標:柔らかい甘旨とクリアな余韻。
- 長めの抽出で厚み、短めで透明感。
玉露
- 50〜60℃ / 120〜180秒
- 長めにおくほど、とろみと旨味が濃厚に。
- 渋みを極力抑え、テアニン主体の世界観に。
番茶・ほうじ茶
- 90〜100℃ / 30〜45秒
- 香ばしさ優先。時間は短めが基本。
- 長く置くと苦味が立ち、キレが鈍る。
抹茶(参考)
- 点てる飲み物のため抽出時間の概念は薄い。
- ただし、点て終えてからすぐ飲むと香りが良い。時間経過で分離・劣化。
3. 目的別・時間コントロールの実践
狙う味わいに合わせ、秒単位で微調整します。
温度・茶葉量・湯量は一定に固定し、時間だけ動かすと違いが明確です。
3-1 旨味を引き上げたい(渋みは控えめ)
- 短めに切る(例:煎茶 60秒)
- 低温寄りで、湯量はやや少なめでも可
- 余韻の甘さと透明感を優先
3-2 コクと厚みを出したい(飲みごたえ重視)
- やや長めに伸ばす(例:煎茶 90秒)
- 旨味に加えて程よいカテキンをのせる
- 食事と合わせるなら、この方向性が合いやすい
3-3 すっきり・キレ重視(口直し・食後)
- 短時間高温。ただし“置きすぎ”に注意(30〜45秒)
- ほうじ茶・番茶向き。苦渋の輪郭で油分を洗う
3-4 二煎目・三煎目の時間設計
- 二煎目は短く(例:20〜30秒)
→ 一煎目で水和済みのため、すぐ出る - 三煎目はやや長め(例:40〜60秒)
→ 抽出の残りを丁寧に集めるイメージ - 玉露は二煎目以降、温度を少し上げると旨味+香気の表情が変わって楽しい
4. 失敗しないための「時間管理」テク
タイマーは“手元で聞こえる”ものを
- スマホのアラーム or キッチンタイマー推奨
- 通知音・バイブで確実に切る。数秒の遅れが味を変える
蒸らし中は“触らない”
- 急須をゆすりすぎると微粉が出て、渋みが急増
- 抽出終盤に一回だけ軽く揺らすのは可(均一化のため)
最後の一滴まで注ぐ
- カップへ等分し、**最後の一滴(ゴールデンドロップ)**を落とす
- ここに旨味と香りが凝縮。味の輪郭が締まる
量のばらつきをなくす
- 同じ茶葉量・湯量・器で測る
- スプーンではなく**計量(g)**推奨。数gの差で時間設計が変わる
5. スマホでできる“記録”と“上達”のコツ
メモすべき最低3項目
- 抽出時間(秒)
- 温度(℃)
- 味の所感(旨味・渋味・香り・余韻を★評価)
テンプレ例(コピー用)
- 茶種:____
- 茶葉量:__g / 湯量:__ml
- 温度:__℃ / 時間:__秒
- 所感:旨味_/5 渋味_/5 香り_/5 余韻_/5
- ひとこと:____
小さな“ABテスト”
- 同条件で「±15秒」の比較を行う
- “自分の好みの中心”が見つかると、別ロットでも迷いが減る
6. よくある疑問Q&A(時間編)
Q1:深蒸し煎茶は時間を短く?
A:はい。微粉が多いほど接触面積が大きく、短時間で十分出ます。
70〜75℃で40〜60秒が目安。長く置くと渋みが出やすい。
Q2:冷茶(低温抽出)の時間は?
A:冷蔵庫で3〜6時間が目安。
長時間でも渋みが出にくく、甘味が際立つ。氷水出しなら30〜60分。
Q3:急須を回しかけると早く出る?
A:撹拌で成分は早く出ますが、微粉が多いと渋みが先行。
基本は静置、最後に“軽く一回”で十分。
Q4:二煎目は短いのに味が濃いのはなぜ?
A:一煎目で茶葉が開き、拡散距離が短縮するため。
成分が素早く溶出し、短時間でも密度が出ます。
まとめ
- 抽出時間は味の重心を決めるレバー。
- 序盤=旨味、後半=渋味の傾向を理解して調整する。
- 茶種ごとの基準時間から始め、±15秒のABテストでベストを探す。
- 二煎目は短く、三煎目はやや長く。
- タイマー管理・静置・最後の一滴。小さな習慣が大きな差を生む。
時間を味方につければ、
あなたの日本茶は毎回、思い通りに近づきます。
参考文献
- 日本茶業中央会『日本茶の事典』
- 農林水産省「日本茶の淹れ方・品質評価」
- 静岡県・京都府 茶業研究機関の抽出研究報告